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研究の概要

主に 整数論 number theory または 数論幾何学 arithmetic geometry の研究に従事しており,とりわけ 岩澤理論 Iwasawa theory に興味を持って研究を進めています.岩澤理論 Iwasawa theory とは,代数体のガロワ表現からコホモロジー理論を用いて構成される セルマー群 Selmer group ((ある)いはより一般に セルマー複体 Selmer complex) と呼ばれる 代数的対象 と,()る種のゼータ関数 (または L 関数) の特殊値を p 進的に補間する p 進ゼータ関数 p-adic zeta function と呼ばれる 解析的対象 との間に横たわる深遠で神秘的な関係を追究する整数論の一分野です.可換環論や p 進ホッジ理論等のコホモロジー理論,保型形式・保型表現論や p 進解析の理論といった多岐に渡る理論が岩澤理論の研究に於いて交錯し,複雑ながらも壮麗なタペストリーを(あや)なしてゆく様は研究に携わる者を魅了し続けて()みません.中でも特に私の興味を掻き立てているのは 非可換岩澤理論 non-commutative Iwasawa theory と呼ばれる比較的新しい分野で,非可換ガロワ拡大の整数論特有の興味深い現象を岩澤理論的手法を用いて解明することを目指しています.

一方で岩澤理論に限らず,例えば 数論的位相幾何学 arithmetic topology に代表される様に「代数」「幾何」「解析」と言った既存の数学分野の枠組みに捉われず,(むし)ろ分野の垣根を乗り越えて展開されるような理論に対しては全般的に興味を持っています.

以下では私がこれまでに携わってきた,(ある)いは現在従事中の研究課題について少し詳細に解説してみます.

非可換岩澤理論

岩澤健吉 Kenkichi Iwasawa が創設した 岩澤理論 Iwasawa theory は,一言で表すなら (代数体の) 円分的 Zp 拡大 the cyclotomic Zp-extension詳細に研究する理論でした.この「円分的 Zp 拡大」を p 進リー拡大 p-adic Lie extension と称される無限次 非可換 ガロワ拡大に置き換えて,非可換拡大上で岩澤理論を構築しようと言う大胆かつ壮大な試みが 非可換岩澤理論 non-commutative Iwasawa theory であると言えるでしょう.ジョン・ヘンリー・コーツ John Henry Coates,深谷太香子 Takako Fukaya加藤和也 Kazuya Kato,ラムドライ・スジャータ Ramdorai Sujathaオトマール・ヴェンヤコブ Otmar Venjakob 等の尽力により,この様な非可換 p 進リー拡大に対しても 特性元 characteristic elementp 進ゼータ関数 p-adic zeta function概念が代数的 K 理論を介して導入され, 岩澤主予想 Iwasawa main conjecture が定式化されるに至りました.この (非可換) 岩澤主予想は (非可換) 同変玉河数予想 (non-commutative) equivariant Tamagawa number conjecture とも密接な関わりを持ち,ゼータ関数の特殊値の研究の観点からも非常に重要な研究分野となっています.

これまで私は 総実代数体の非可換岩澤主予想 を主に研究し,特殊な形の p 進リー拡大に対して岩澤主予想を証明することに成功しました (詳しくは 論文 のページを参照して下さい).現在では総実代数体の主予想は ユルゲン・リッター Jürgen Ritterアルフレッド・ヴァイス Alfred Weiss,マヘシュ・ラメシュ・カクデ Mahesh Ramesh Kakde 等により一般の非可換 p 進リー拡大に対して証明されています.しかし他のモチーフに対しては p 進ゼータ関数の存在を含めまだ殆どのことが分かっていないのが現状です.

非可換岩澤理論に()いては,特徴的なゼータ値の合同式 (例えば 捩れ合同式 torsion congruencesメービウス-ウォールの合同式 Möbius-Wall congruences) が登場する等,古典論では全く観察されなかった現象が次々と発生します.これ等の現象をより深く解析するための新しい手法を構成することも非可換岩澤理論の大きな課題となっています.

虚数乗法を持つ保型形式の岩澤理論

近年,加藤和也並びに クリストファー・マクレーン・スキナー Christopher McLean Skinner,エリック・ウルバン Eric Urban 等の研究に依って虚数乗法を持たない楕円尖点形式の岩澤主予想の研究は劇的な展開を迎えています.それでは 虚数乗法を持つ保型形式 modular forms with complex multiplication に対する岩澤主予想についてはどうでしょうか? 虚数乗法を持つ尖点形式は基本的に CM体の (A0) 型量指標 größencharacters of type (A0) on a CM number fieldテータ持ち上げ theta lifting として与えられるので,(シャピロの補題を介して) CM体の岩澤主予想と虚数乗法を持つ保型形式の岩澤主予想が密接に関連しているであろうことは想像に難くありません.現にこの様な観察に基づいてカール・ルービン Karl Rubin や加藤和也は虚数乗法を持つ楕円保型形式の岩澤主予想にアプローチしています.

上記の示唆に基づいて,落合理と カルティーク・プラサンナ Kartik Prasanna虚二次体の二変数岩澤主予想と虚数乗法を持つ楕円尖点形式の概通常変形の岩澤主予想との間の関係を精密に記述することに成功しました.この様な現象はより一般に CM体の岩澤主予想 Iwasawa main conjecture for CM number fields虚数乗法を持つヒルベルト尖点形式の岩澤主予想 Iwasawa main conjecture for Hilbert cuspforms with complex multiplication との間でも観察されるであろうと期待され,現在大阪大学の落合 理さん Tadashi Ochiai と研究を進めています.CM 体の岩澤主予想は肥田晴三 Haruzo Hida, ジャック・ティルウィン Jacques Tilouine,ファビオ・メナルディ Fabio Mainardi謝銘倫(シェミンルン) Ming-Lun Hsieh 等に依って精力的に研究されており,これ等の結果と虚数乗法を持つヒルベルト保型形式の岩澤理論との間の関係を探ることも大変興味深い課題です.

3次元多様体に対するカラー-シャーレン理論を巡る研究

向き付け可能なコンパクト既約3次元位相多様体の基本群が融合和に依る分解 ((ある)いはより一般に 「群のグラフ」 graph of groups に対応する分解) を持つ時,その分解に対応して 本質的曲面 essential surfaces と呼ばれる曲面が考えていた3次元多様体の中に構成されます.一方で,基本群の分解に対応する「群のグラフ」は全て基本群の 〈樹木〉 trees への非自明な作用から得られることが,ハイマン・バス Hyman Bass と ジャン-ピエール・セール Jean-Pierre Serre の理論に依り知られています.したがって3次元多様体に含まれる本質的曲面を得るためには,基本群の〈樹木〉への非自明な作用 を構成すれば良いと言うことになります.

マーク・カラー Marc Culler と ピーター・シャーレン Peter B. Shalen は,基本群に付随する SL(2)-指標多様体 SL(2)-character variety の曲線成分に着目し,その 理想点 ideal points から構成される ブリュアー-ティッツの〈樹木〉 Bruhat-Tits trees への作用を考察することで,基本群の〈樹木〉への非自明な作用を得ることに成功しました.したがって上記の観察と(あわ)せて,SL(2)-指標多様体の理想点から本質的曲面が構成出来ることが従います.本質的曲面の構成と言うトポロジーの問題に対し,()くも代数幾何学的な手法が活躍するという点は注目に値するでしょう.

さて,ブリュアー-ティッツの〈樹木〉は代数群 SL(2) に付随する ブリュアー-ティッツの〈建物〉 Bruhat-Tits buildings見做(みな)すことが出来ますので,ブリュアー-ティッツの〈建物〉の一般論を併用すれば基本群の 高次元表現 並びに高次指標多様体に対してもカラーとシャーレンの理論の類似を辿ることが出来るだろうと自然に想像されます.実際,SL(n)-表現に対してカラー-シャーレン理論の類似を辿ることで()る種の 分岐曲面 branched surface構成することが出来ることが,東京工業大学の北山 貴裕さん Takahiro Kitayama との共同研究で明らかになりました.この結果は非ハーケン多様体の研究といった低次元トポロジーの研究に新たな手法を提供するものと期待されます.他方,カラー-シャーレン理論は()くも代数的な理論ですので,森下 昌紀さん Masanori Morishita 等に依る数論的位相幾何学の観点からの応用も大いに期待出来,大変興味深い研究対象であると思います.