同期でもある九州大学 (出版当時) の並川健一さんとの初の共著論文です.本研究の直接の契機は こちらの合宿セミナー で,Fabien Januszweski さんによる一般化モジュラー記号法を用いた GLn+1 × GLn のランキン–セルバーグ型 p 進 L 関数の構成についての解説を,並川さんと共に担当したことにまで遡ります.このワークショップ自体が,近年急速に進展している高次代数群の p 進 L 関数の構成を概観し,その特徴と問題点を抽出しようという趣旨で開催されたものでしたが,実際に Janszweski さんの論文を読み進めていくと,やはり色々と腑に落ちない箇所,満足のいかない箇所が生じてきました.そこで,先ずは直接計算で手が届きそうな GL3 × GL2 のケースですべてを明示的に計算して状況を明らかにしてみよう,という目的でスタートした共同研究です.当時は私と並川さんが東京電機大学の助教の同僚であったときで,仕事の合間にセミナー室を予約して議論を重ねていたものですが,どちらも忙しくなってしまい結論がまとまるまでに大分時間が掛かってしまいました.とは言え,激しい計算の果てに,最終的には非常にすっきりした示唆的な形の結果にまとまり,並川さんとともに「おぉ」と唸ったものです.分量も決して少なくはなく,その大半が見るのもうんざりするような計算に埋め尽くされた論文であるため,果たしてすんなり受理されるかどうか気を揉みましたが,Research in Number Theory 誌は非常に良い査読者を (しかも2名も) 当てがってくださり,こちらの趣旨を汲んだ上で的確なコメントを幾つもいただくことができました.修正作業もそれなりに大変でしたが,お陰で大分読み易くなったのではないかと思います.
Januszweski の (当時の) 結果で不満に感じていた箇所は幾つかありますが,その中で本論文と関係する問題は,彼の結果では臨界点毎に p 進 L 関数を構成していて,それらが同一の p 進 L 関数の p 進円分指標捻りで移り合うこと (つまり本質的に “単一の” p 進 L 関数の捻りとして得られるものであること) を示していないことです.元々の Januszweski の結果では,p 進測度を構成する際のゼータ積分のアルキメデス部分の計算を実行せず,その値を (アルキメデス) 周期に押し付けてしまっているために,周期 (臨界値の “超越部分” を担う数) が臨界点毎に臨界点に拠る形で定義されてしまい,統制が取れない状態になっていました (これらの周期が 0 でないことは,Binyong Sun による当時の最先端の結果により保障されていました).そのため,異なる臨界点での臨界値を比較するのが困難となり,臨界点毎に定義された p 進 L 関数を関連付けるのに必要とされるクンマー型合同式が導き出せなかったわけです.Janszweski とは独立に Anantharam Raghuram が GLn+1 × GLn の臨界値についての論文を執筆しており,そこで本論文でも用いている Whittaker 周期なる周期を導入しているのですが,Raghuram の論文でもゼータ積分のアルキメデス部分は「何らかの数」として計算されずに放置されており,最終的には周期の中に含めてしまうような記述がされていて,上記の問題は根本的に解決されていません.古典的な GL2 × GL1 のケース (つまり GL2 の保型形式の L 関数の指標捻りの場合) は,ゼータ積分のアルキメデス成分を計算することは,所謂アイヒラー–志村の同型を用いて (g,K)-コホモロジーの非自明元を具体的に構成し,そのカップ積を明示的に計算することに相当しますので,GL3 の場合にも明示的にアイヒラー–志村写像を構成して (g,K)-コホモロジーの非自明な元の明示表記を得ることが出来れば,すべてを明示的に計算することが可能となるのではないか,というアイデアが本論文の根幹となっています.
この論文が私としては初の保型 L 関数に関する論文で,それまで保型表現論を可能な限り回避してきた私にとっては非常に大変な研究でした (自業自得ですね >_<).GL3 のアイヒラー–志村写像の構成については,並川さんが Mathematica を用いてどんどん計算を進めていて,かなり早い段階である程度の結果は得られていたのですが,ただでさえ保型 L 関数の理論に登場する激しい計算式に翻弄されていた私の元に,並川さんから「計算チェックしてください」とのメッセージとともに10×10行列の凄まじい計算を含む Mathematica のファイルを幾つも送り付けられた際には,流石に絶望的な気分に陥ったものです.そんな並川さんのスパルタ教育のお陰 (?) で,GLn+1 × GLn の保型 L 関数の理論については或る程度免疫を付けられたかな,と自負しています.まぁ何事も死ぬ気でやってみるものですね.とにかく凄まじい計算に彩られた論文ですが,その一見すると収拾のつかなさそうな計算結果が所望の形にぴたりと収束していく様は圧巻ではないでしょうか.計算の最中は先の見通しが全く立たず,並川さんとうんうん唸りながら計算をしていったものですが,ここまできれいな形にまとまると感無量というものです.ちなみに本論文に於ける私の一番の貢献は,恐らくは GL3 から GL2 への有限次既約表現の制限に対する,所謂分枝則 (branching rule) の明示公式の導出でしょうか.まぁ全く大した結果ではないのですが,そもそも GL3 の既約表現の本論文のような多項式実現自体があまり使われていないようで文献も見当たらず,自力で導出しました.後から振り返ってみると,この「分枝則+ペアリング」の計算の部分は,一般論では「適切に1つ固定する」という形で済ませてしまうところで,そのため計算の不定性が生じてしまう一因となっています.そう考えると「分枝則写像」を明示的に決定したことは,「すべてを明示的に計算する」ことを目指した本論文に於いては地味に重要な役割を担っていたことに,後から気付かされたのでした.
実際のアルキメデスゼータ積分の計算の部分では,平野幹さん,石井卓さん,宮﨑直さんによる GL3 × GL2 のアルキメデスゼータ積分の理論 (および Whittaker 関数の正規化) を援用しています.その後石井さんと宮﨑さんが GLn(
学生時代の同期でもある北山貴裕さんとの初の共同研究です.北山さんには,以前から何度か「Culler–Shalen 理論が面白い!!」ということで,雑談がてら色々と説明していただいておりました.それをふんふんと頷きつつ (実際はあまりきちんと理解しないまま) 暫く過ごしていたのですが,ある時ふと「その理論では基本群の2次元表現しか扱ってないようにみえるけど,表現を高次元にしたらどうなるの?」と何とはなしに訊いてみたのがこの研究の発端であったように記憶しています.日頃からガロワ表現の講演を聴いたり実際にいじってみたりしている立場からすれば「2次元表現の話を高次表現にするとどうなるのか」というのは極めて自然で安直な疑問だったと思うのですが,意外にもそういった観点から Culler–Shalen 理論が省みられたことはあまりないらしく,そのままあれよあれよという間に共同研究へと発展していったわけです.北山さんとは同期の誼で「何か共同研究の1つでも出来たらいいね」などと良くある社交辞令のようなことを言いあっていましたが,まさか本当に自分がトポロジーの論文を書くことになるとは..とは言え,それぞれがおよそ異なる研究をし,異なる観点を持ち合わせていたからこそ結実した研究であることに疑いの余地はありませんので,ある意味 “分野の壁を超えた” 研究として個人的にかなり気に入っている論文です.おかげで RIMS での低次元トポロジーの研究集会 (Intelligence of low dimensional topology) で講演させていただくという貴重な経験もさせていただけました. 非常にざっくり解説すれば,Culler–Shalen 理論とは「指標多様体 (“基本群の表現のモジュライ空間”) の理想点 (“無限遠点”) に対応する表現を使って Bruhat–Tits の木への作用を構成すると,その作用は非自明である」という事実を使って,3次元多様体の中に本質的曲面を構成する理論です.実際の本質的曲面の構成のところは,それこそトポロジカルな手法 (手術とか) を用いててんやわんややるわけですが,「指標多様体の理想点から定まる木への作用の非自明性」の部分は純代数的な議論に終始しており,そのことも門外漢である私が参入しやすかった遠因であるかもしれません.もちろん表現を高次にしてしまったら Bruhat–Tits の木は使えないわけですが,私としては「木が駄目なら建物 (ビルディング) を使えば良いじゃない」というさながらマリー・アントワネットの如き安直な発想で表現の高次化を提案したのでした.ただ,矢張りこの発想はあまりにも安直で,Bruhat–Tits の建物の次元も当然のことながら (1次元から) 高次元になってしまうため,その商複体から “曲面” をどうやって取り出すのかが非常に悩ましい問題として立ち塞がってしまいました.どこぞのカフェでうんうん唸りつつ,最終的には “本質的三つ叉分岐曲面 (essential tribranched surface)” という局所的に三つ叉に分岐した曲面を取り出す理論としてまとめることになったのですが,このような “分岐した曲面” を持ち出してきた点に関しては (特にトポロジーの方で) 抵抗を覚える方も少なくなかったように感じられます.実際,導入した当初は「苦肉の策」という側面もないわけではなかったのですが,最終的に整理された形を見てみると「Bruhat–Tits の建物の商複体の双対複体 (の1-骨格) の引き戻し」と解釈することができ,「Bruhat–Tits の木の商グラフの双対グラフ (の0-骨格) の引き戻し」として曲面が取り出されることの完全な一般化になっておりますので,現在では矢張り “三つ叉分岐曲面” こそが自然な考察対象であってしかるべきであったのだと考えています. 本質的曲面という幾何的対象の存在は,代数的には “群のグラフ (graph of groups) の基本群として3次元多様体の基本群を分解する” ことに対応しておりますが,本論文の前半では同様に本質的三つ叉分岐曲面の存在は “群の2-複体 (2-complex of groups) の基本群として3次元多様体の基本群を分解する” ことに対応することを証明しています.この辺りは特に私が力を入れて執筆したところで (その分本質的三つ叉分岐曲面の構成の際のトポロジカルな議論は北山さんに丸投げ状態になってしまいましたが……),証明自体は大したことはないのですが,本質的三つ叉分岐曲面という一見して不可解な対象に代数的な意味付けを与えることには成功したのではないかと思っております. プレプリント自体は2014年に出来上がっていたのですが,色々と不幸な事故が重なって,最終的に出版されるまでに6年もの年月が経ってしまい,改めて「論文が無事出版される」ということがどれ程有難いことであるかを身に沁みて実感することとなりました.ただ,その過程で非常に良い査読者の方に当たって,色々と建設的な指摘を山程いただき,おかげで初稿より内容も読み易さも大幅に洗練された論文に書き直すことが出来たのは幸いであったと言えるでしょう. 本論文のプレプリントの公開後,共著者の北山さんは高次指標多様体の幾何に精力的に取り組まれており,Stefan Friedl さんや Matthias Nagel さんと共に画期的な結果を次々と出されています (それこそ本論文の出版前に ^^;).彼等の仕事は非常にトポロジカルで (まぁ当たり前ですが),私の乏しいトポロジーのスキルではなかなかそちらには手が出せず歯痒い限りですが,北山さんとの研究は新たな地平を切り開いている感じで非常にスリリングで楽しかったので,またそのうち代数的な対象が絡む問題などで一緒に仕事が出来たらいいなぁ,と考えています.
大阪大学 (出版当時) の落合理さんとの初の共著論文.元ネタは落合さんと Kartik Prasanna さんによる虚数乗法を持つ楕円肥田族の岩澤主予想についての仕事 (未発表) で,この結果をヒルベルト肥田族に拡張することを目標として共同研究を始めたのでした.本論文で扱っている「虚数乗法を持つ概通常ヒルベルト尖点形式の円分岩澤主予想」はその “準備段階” ……のはずだったのですが,分量がどんどん増えていき,議論も複雑怪奇になってしまったため,取り敢えず独立した論文として発表した,という次第です.「取り敢えず」という分量でもないですけどね,まさかの3桁ページですし 笑.肥田族への拡張は,現在も継続中の課題です.
論文を眺めれば直ぐに分かりますが,本論文の核心部は3.4節の “特性イデアルの帰納的特殊化” の部分で,この部分の証明を詰めるのが最も大変でした (まぁ第2章の p 進 L 関数の比較のところも,なかなか計算が合わなくて苦労したのですが).岩澤理論に於いて,特性イデアルが係数拡大の操作 (特に特殊化の操作) と整合的でないことは良く知られていますが,特殊化操作を滞りなく実行出来るための十分条件の1つとして岩澤加群 (考えている代数的対象) が非自明な擬零部分加群を持たないことが挙げられます.この十分条件を Greenberg による “セルマー群の概可除性判定法” を用いて正当化する,というのが基本方針ではあるのですが,少し考えれば分かるようにこの条件は “1変数分の特殊化” に対する特性イデアルの整合性しか保障してくれません.落合–Prasanna や Karl Rubin は “2変数岩澤理論” を扱っていたので “1変数分の特殊化” で事が足りていましたが,本論文ではより変数の多い岩澤理論を扱っているところが本質的なので,新しい議論を導入する必要が生じたのでした.
3.4節の議論のアイデアは「特殊化した後も Greenberg の判定法の適用条件を満たすような “巧い” 変数を見つけて,段階的 (帰納的) に特殊化する」という非常に素朴なものです.より具体的には,多変数岩澤理論であるがゆえに “特殊化の自由度が高い” ことを逆手にとって,「特殊化後に Greenberg の判定法が適用出来ないような “悪い” 素元が有限個しかないこと」を示すことで,“良い” 素元を選んで次々に特殊化出来ることが示されます (もっとも,最後の “2変数→1変数” の特殊化では主予想や p 進 L 関数の非自明性のような “解析的な“ 性質を仮定する必要がありますが,これは既に Karl Rubin によって指摘されていた現象です).「“良い” 素元が無限個存在する」ことを示すというアイデアも,Ralph Greenberg の古典的な仕事 (On the structure of certain Galois goups, Invent. Math. 1978) に触発されたもので,古典的な文献をしっかり研究することの重要性を改めて再認識させられた仕事となりました.
「特殊化判定法」のための条件の中で厄介なものが「弱レオポルト予想型の条件」と「双対セルマー群の自明性」の2つです.前者は,Greenberg が “有限個の悪い素元” を除いてこの条件が特殊化に伝播することを示していたので,出発点の岩澤加群に対して 肥田–Tilouine が同様の条件 (Σ-レオポルト条件) を示していたことと合わせて,今回は割合すんなりと確認出来ます (「弱レオポルト予想」型の条件なので,一般にはもっと骨が折れるはずですが).意外と苦戦したのが後者の条件の方で,特殊化後の双対セルマー群が自明となることがなかなか示せず,最後の最後まで難航しました (Greenberg が矢張り 「“有限個の悪い素元” を除いてこの条件が特殊化に伝播する」ことを示していますが,特殊化後のセルマー条件を都合良く定義しているので,今回の設定とは若干ずれがあるように見受けられます).原因ははっきりしていて,特殊化の際に蛇の補題やガロアコホモロジーの局所/大域双対性をがんがん使って図式追跡をしている関係で,特殊化前と特殊化後の状況を結びつけることが困難であったことが元凶でした.繁雑な計算を避けるべく色々と悪あがきをしてはみたのですが巧くいかず,結局は一念発起して蛇の補題の連結準同型や双対写像をすべて書き下す (?!) ことで証明の完成に漕ぎ着けました (補足Bの計算です).最終的に Poitou–Tate 大域双対と「蛇の補題+局所 Tate 双対」の間の整合性,という割合きれいな結論に帰着出来たときには流石に「おぉ!」と唸ったものです.図式に関するホモロジー代数の諸定理は便利ですが,或る種の “ブラックボックス” ではありますので,いざとなったらすべての射の定義を詳らかにして具体的に計算する気概と腕力も大切だな,とつくづく思いました (この計算のせいで,ただでさえ分量が膨大でスリムアップを図っていたはずの論文がさらに5ページ以上長くなってしまったのですが 笑).
最後になりますが,Greenberg の概可除性判定法を利用しようという着想の源泉は,このワークショップ での下元数馬さんのご講演になるでしょうか.恥ずかしながら,この仕事まで岩澤加群の擬零部分加群についてあまりきちんと研究したことがなかったのですが,記憶の片隅に残っていた下元さんの講演を掘り起こして,改めて勉強し直して今回無事に適用することが出来た,という経緯だったと思います (お陰で擬零加群系の話にはそれなりに造詣を深めることができました 笑).勉強会形式の研究集会に積極的に参加することも大事ですね.ちなみに本論文の発表後,落合さんと下元さんがより一般の可換環論的設定で特性イデアルの特殊化問題を研究されています.
博士論文の出版バージョン.総実代数体の p 進リー拡大で,ガロワ群が p 進整数環 (の加法群) と指数 p の有限 p 群の直積と同型であるものに対して,所謂 “非可換 p 進ゼータ関数” を構成し,主予想を証明した論文です.この論文 の直接的な続編に当たります.
前の論文では有限部分が “4次羃単群” という非常に特殊な群の場合に非可換岩澤主予想を証明したため,有限部分を一般の指数 p の有限 p 群の場合に拡張しようと試みたものです.この論文 の執筆の際に有限群の表現論に於ける誘導定理を少し集中的に勉強し直して,「指数 p の有限群であったら,アルティン誘導定理を用いれば,p 次巡回部分群だけを考えれば良いのでむしろ議論がシンプルになるんじゃないか?」などと漠然と考えていたところ,指導教員である辻雄先生にも同様のコメントをいただき,「あ,これはイケるかもしれない」と思って研究に取り掛かりました.「巡回部分群の族を考える」という発想はポイントの1つで,Mahesh Kakde さんによる総実代数体の非可換岩澤主予想の一般解決の論文でも積極的に採用されています.
暫くの間あまり認識していなかったのですが,第4章の “加法的理論” (加法的テータ同型の構成) のところは今にして思えばブレイク・スルーの1つだったかもしれません.アルティンの誘導定理があるので,「加法的テータ写像は巡回部分群の部分だけで特徴付けられるはずだ」という確信のもと計算に取りかかったのですが,思い起こせば結構苦労した記憶があります.ポイントは,トレース関係式を用いて有限部分の位数に関する帰納法に持ち込むことで単射性を示すことと,“切断射” (section) を具体的に構成することで全射性を示すことです.思ったより手こずりましたが,すっきりと証明出来たときにはえも言われぬ達成感がありました.Mahesh Kakde さんの論文での加法的テータ同型の構成も,本質的に本論文第4章の一般化となっています.
加法的テータ同型を乗法的テータ写像の像の計算へと〈翻訳〉する際に,Oliver–Taylor の整対数準同型写像を用いるのですが,整対数準同型写像の定義に現れる “フロベニウス射” がノルム/トレース写像と可換でないことが,この〈翻訳〉工程の最大の障壁となります.本論文で仮定している「有限部分が指数 p の有限 p 群である」という仮定は,この困難を “簡易化” するために設けられた人工的な設定です.指数 p という条件を外して “フロベニウス射” とノルム/トレース写像を無理矢理交換しようとすると,Kakde さんの論文の合同式 (M4) のようなあられもない合同式が現れてしまうわけです.
論文のタイトルにもあるように,この論文の最大のポイントは “非可換 p 進ゼータ関数” を 帰納的に 構成している点にあります.この論文で考えている p 進リー拡大のガロワ群の有限部分は p 群であり,有限群論の一般論により非自明な中心を持つため,その中心での商群を考えることが出来ます.したがって,有限部分の位数に関する帰納法を用いて “非可換 p 進ゼータ関数” を構成することが出来るわけです.この手法は勿論 前の論文 で培われたものではありますが,「p 群の羃零性を利用した帰納法」という意味では,群論的な観点からも非常に真っ当な戦略であると言えるでしょう.ただ,本論文では本質的にアルティン誘導定理を用いている関係上,誘導定理に現れる表現の線形結合の係数に p 羃の分母が現れ得るため,構成された p 進ゼータ関数にも “1の p 羃根の不定性” が生じてしまいます.この不定性を取り除くのが最後にして最大の難関でした.こちらも色々と試行錯誤した挙句,最終的に Ritter–Weiss が既に構成していた “位数 p でアーベルな正規部分群を含む副 p p 進リー群” をガロワ群に持つような p 進リー拡大に対する非可換 p 進ゼータ関数を巧く援用することで,1の p 羃根の不定性を除去することに成功しました (第9章).この不定性はもうそのままにして投稿してしまっても良いのではないか,と薦められた記憶も朧げながらありますが,粘った甲斐があったというものです (もちろん思い切って見切りをつけることも大事ですが,兼ね合いが難しいですよね).
本論文の投稿中に,Ritter–Weiss と Kakde による総実代数体の非可換岩澤主予想の一般解決の論文が次々に発表されて,かなりショックを受けたものです.挙句の果てに論文が棄却されていたとしたら,最早劇的に一般化された結果であり再投稿することも躊躇われるので,この論文自体がお蔵入りになった可能性が極めて高かったことでしょう.無事掲載決定となったのは本当に運が良かったなぁ,と改めて感じます.ケンブリッジ大学に研究滞在していた折に着手した,非可換岩澤主予想の降下を用いて臨界的テイト・モチーフの同変玉河数予想の p 部分を導出する計算を付け加えたことも,或いは功を奏したのかもしれません. あと,論文で扱っている設定になるべく忠実なタイトルにしようとして,凄まじく長いタイトルになってしまいました.最早自分でも覚えられません……こういうのは真似をしてはいけませんよ (笑)
修士論文の内容をまとめた初の投稿論文.加藤和也による総実代数体の “ハイゼンベルク型非可換 p 進リー拡大” に対する非可換岩澤主予想の証明 (未出版) を,安直に “4次羃単群型 p 進リー拡大” に拡張したものです.但し,羃単部分は有限となるようにしているため,p 進リー拡大の次元が1次元のケースを扱っていることになります.
修士1年の夏頃から,何となく非可換岩澤理論を研究テーマとするという方向性が定まり,突貫工事で岩澤理論の基本的な事項を叩き込んできたのですが,指導教員の辻雄先生を通じて加藤先生のプレプリントを拝読させていただくことができ,それを元に修士論文をまとめることができたのは本当に幸運でした.非可換岩澤理論を研究するに当たってのリテラシーのようなものは,本論文を書き上げながら身につけていったように思います.この研究では有限群の線形表現の理論 (特に誘導表現に関する諸性質) が至る処で必要となるのですが,学部時代に有限群の表現を勉強していたときには,まさか非可換岩澤理論の研究でこんなに積極的に用いることになるとは思ってもいなかったので,意外な場面での大活躍に驚くとともに無性に楽しくなってきたことが思い起こされます.この頃には,様々な理論が渾然一体となった非可換岩澤理論の世界にすっかり魅了されていたのかもしれません.
問題の設定自体も加藤先生のプレプリントの安直な拡張ですし,p 進ゼータ関数の《貼り合せ》のための族の決定には,セールの『有限群の線形表現』に載っているテクニック位しか用いていないので,そういう意味でも “如何にも修士論文” といった感じの論文です.が,それでも加藤先生のプレプリントや,同時期に Mahesh Kakde さんが発表した論文のケースでは観察されなかった問題が現れ,それなりに苦労しました.具体的には,第4章, 第5章で計算したテータ写像の “像” を規定する合同条件が “乗法的” であるため,既存の手法では p 進ゼータ関数に対してその “乗法的な” 合同式を直接証明することが出来ず,何かもうひと工夫必要となるわけです.セミナーなどを利用して色々と試行錯誤し,最終的には “4次羃単群” が “3次羃単群” (ハイゼンベルク群) を商に持つことを利用して,“3次羃単群” での p 進ゼータ関数 (これは加藤先生のプレプリントの結果により既に構成されています) を〈持ち上げる〉という,或る種の帰納的な議論を用いて解決することに成功しました (第7章).このときの経験が,次の論文 に繋がっていくこととなるわけです.
修士論文の時点では80ページ弱もありましたが,最終的な出版版は30ページと大分スリムアップしました.これ程分量を削ったのは本論文くらいで,どうやって3-40ページも削ったのか今となっては思い出すことすらできません (笑).内容自体は大したことのない論文だと思いますが,いきなり Iwasawa 2008 という国際研究集会からの招待講演をいただき国際学会デビューを果たしたり (しかも単身ドイツの片田舎へ,というかなりハイレベルな海外出張デビューとなりました),RIMSの研究集会でシカゴ大学に移られる前の加藤先生に講演を聴いていただけたり,と色々な思い出がつまっていて,個人的には思い入れのある論文の1つです.