メディア・ジャミング11
少年院で映像制作!?
子どもたちの作品を見て語る
日 程
講 師
形 式
会 場
対 象
12/16(金) 16:30〜19:00
仲村 久代 さん(サバイバルネット・ライフ代表) 名執 雅子 さん(法務省矯正局少年矯正課長)
一般公開
津田塾大学 小平キャンパス H202(コラボラティブ・ラボ)
学生・一般
 
講師プロフィール
仲村久代
特定非営利活動法人サバイバルネット・ライフ代表(DV被害の女性や子どもたちのための支援団体)
<プロフィール>
1948年 東京都出身 夫の転勤で栃木県へ転入
1996年 仲間数名で宇都宮市にシェルターを立ち上げ10年間活動
2006年 小山市でサバイバルネット・ライフを設立、代表となる。
「女性と子どもの人権を守る」という視点で、誰もが住みたい場所で、住みたい人と安全に、安心して、暮らせる社会の実現を目指して活動している。

名執 雅子
法務省矯正局少年矯正課長
<プロフィール>
 矯正局,矯正研修所,少年院,少年鑑別所等に勤務した後,青葉女子学園(少年院)長,大臣官房広報室長,矯正局矯正調査官を経て,平成23年4月から現職。平成18年4月から2年間,仙台の女子少年院である青葉女子学園長として,同園表現教育の広報,福祉との具体的連携策に努めた。共著「よみがえれ少年院の少女たち 青葉女子学園の表現教育24年」(かもがわ出版)がある。
メディア・ジャミング
Media Jamming とは?
津田塾大学のソーシャル・メディア・センターが、様々な社会的支援を必要とする「ニーズあるコミュニティ(communities in need)や、表現をめぐる団体・個人が一緒に、企画から運営までを行うプロジェクトです。異なるジャンルの表現者やコミュニティが、多様な表現方法を使ってジャミング(セッション)を行うことで、社会的課題や解決方法を具体的に考え、語りあい、新たな関係性を模索することを目指します。スタイルや方法は毎回異なりますが、講演者/聴衆という固定された立場ではなく、参加者自らが能動的に参加できるワークショップ形式を取り入れます。基本的に一般公開ですが、テーマによっては特定のコミュニティに限定することもあり、ワークショップの「デリバリー(出前)」を行うこともあります。
DATE:2011.6.17
“講演内容
  今回は、本センターの協働団体であるサバイバルネット・ライフ代表の仲村久代さんと法務省矯正局少年矯正課長の名執雅子さんをゲストにお迎えしました。名執さんが少年院で取り組んでこられた映像制作と創作オペレッタについて、実際にそれらの作品を観ながらお話を伺いました。その後仲村さんを交えて語っていただきました。

<名執さんのお話>
どんな子どもが少年院に入ってくるのか

 4年前仙台にある青葉女子学園という女子少年院の院長でしたので、今日はそこでやっている教育と合わせてご紹介させていただければと思います。家庭裁判所が扱う少年保護事件の終局決定数は現在全部で16万人〜17万人くらいです。そのうち少年院まで来る子どもたちは、全体の2-3%ほどで約3500人−4000人です。少年院に入ってくる子どもはほとんどの場合、それまでの生活環境や、特に親との関係など生育歴に色々な葛藤を抱えており、地域や学校に受け入れてもらえないなどの社会の色々な歪みが非行として表れた結果だと感じます。虐待や貧困など荒れた生活環境の中で育ってきて、挙句の果てに女の子の場合だと性的な被害にも遭って、心身ともに疲れきって、やっと入ってくるというような子どもたちです。
 同じ環境に育っても少年院に来る子と来ない子では違う点が3点あります。
@自己統制力が未熟で我慢がきかない。
Aルールを守って責任を果たして生活しようという意識に乏しい。
B愛情に対して強い欲求不満があって、自分に自信が持てない。
でも実際の態度や行動は、大人に対して固いバリアを作ったり、逆に親しげに寄ってくる大人たちに様々な要求をして試したりします。こうした態度や行動は、長年の葛藤の中で、子どもたちが生きていくために身につけざるをえなかった悲しい対応の仕方です。


少年院でなぜ表現教育に取り組むのか

 青葉女子学園では適切な自己表現を促すための表現教育に25年くらい取り組んでいます。なぜ表現教育かというと、これから前向きに生きていこうと思っても、それを伝える手段を持たず、伝え方が適切でないために社会に受け入れられず失敗することが多いので、表現手段を身につけさせたいからです。また、少年少女たちは保護者との関係が悪くてこうなってしまったので、保護者に彼らが変わっていく姿を見てもらう機会を与えたいからです。


表現教育としての映像制作

全国の少年院から応募された映像作品を矯正局の中で、外部の方にも加わっていただいて審査した上でアジア国際子ども映画祭に出品しています。今日はそのVTRから見ていただこうと思います。2011年は「学び」というテーマで募集があり、全国52の少年院から53作品応募があり、選ばれた9作品のうち8作品を今日は上映します。1作品3分です。

・・・8作品上映・・・

 お気づきになったと思いますが、施設内のみの撮影ということと、顔や姿を出さないという制約の中で作っています。一人で作ってもいいし、グループで作ってもいい。それは各々の少年院にまかせます。私が4年前に青葉女子学園にいたときにテレビ局が制作過程と教育への生かし方を撮影しに来たことがあり、番組になりました。15分ずつ全部で4回放映された中から制作過程と作品がどのように扱われたのかという点を見てください。

・・・『私を伝える3分間』上映・・・

 いずれの作品も最初私はこんな状態だったけれども、未来に向いてこういう風に変わりたい、変わってきたということを3分間の映像作品の中で伝えるために、施設の中の限りあるものの中から、題材と手段を選んで表現しています。


表現教育としての創作オペレッタ

 青葉女子学園では、伝える力を自らつけるために、体育、音楽、詩の朗読、作文指導を大切にし、「からだ」と「声」と「言葉」を鍛えるということに取り組んできました。こうした取り組みを1つの行事に収斂させた結果が「創作オペレッタ」です。創作オペレッタでは、シナリオ、歌の作詞・作曲、登場人物、舞台芸術、照明も少年院の少女たち全員の協働作業で作ります。そして作り上げたものを大勢の方をお呼びして見てもらっています。もちろん保護者が一番前の席です。作品のオープニングを見ていただきます。

・・・創作オペレッタ オープニング 上映・・・

 毎年漢字1文字のテーマを最初に子供たちに与えて、そこから受けるイメージで劇を作り上げます。この回では、「今」というテーマを与えました。春・夏・秋・冬という4人の妖精が登場します。今年はなぜか春が来ないねとなり、さかのぼって冬→秋→夏と順番になぜ春が来ないのかと聞いていくと、自分の想いをきちんと次の季節に伝えていないから次の季節を迎えられないということに気付きます。自分たちが大切に、次に伝えるものとは何かということについて、夏が、秋が、冬がそれぞれ語って、最後に春が迎えられたという筋を子どもたちが考えました。


創作オペレッタを通して求める効果

自分の想いを表現できたという実感はその人に自信を与え、その人の自己イメージの回復につながります。適切な自己主張にもつながっていく。その効果を求めています。あとは表現すること自体が生きているということ、自分自身の存在すべてを通して表現しているということを実感させたいです。また保護者の方もそういう子どもの姿を見て子どもとの関係性が変わっていきます
。  さらに、みんなで1つのものを作り上げていく経験から、自分の役割を果たすことで何かが出来上がることを身をもって体験でき、あらゆる意味で総合的な教育になっていると思っています。例えば照明係という役を選ぶ子は人前には出たくないものですが、その照明係をやるうちに、劇中の全てのセリフや動きを覚えていないといけないことに気づき、私がいないとこの劇はできないということを言い出します。それはとても大きい変化です。
 少年院では一番社会から見捨てられた子どもたちがどうやったら社会へ戻っていけるのかということを一生懸命考えながら進めています。表現の手段はなんでもいい。その時その時に少年院の中でできる表現を考えた結果、映像制作や創作オペレッタがあるのです。


<仲村さんのお話>

 名執さんのお話された子どもたちの状況と私たちのライフの周辺にいる子どもたちの状況とはそっくりです。DV防止法ができて10年になり、直接的な被害者である女性には相談、保護、自立支援が確立してきました。でも子どもたちは忘れられています。


メディア4Youthとの出会いと変化

 DVでは全ての人間関係が断ち切れた感じになります。子どもたちとお母さんだけの家庭では本当に人の出入りがありません。こういう状況の中で、メディア4Youthの表現活動を通して、子どもたちは多様な人たちと出会い、言葉を使えるようになりました。
 例えばライフにいた子どもの1人は少年院へ行くところでした。本当に言葉を使わない子どもで、携帯のメールのやりとりではたった二文字の答えしか返ってこなかったのに、「すごくうれしかった」「また行きたい」「また坂上先生に会いたい」「津田のお姉さんがよかった」というように自分の気持ちを表に出せるようになりました。
 メディア4Youthでは必ず自分がどんな気持ちで作ったのかということを発表します。その時子どもたちは皆とまどって最初は何も言えなかった。ところがだんだん自分の本心を言葉で伝えられるようになる。子どもたちにとって、皆が見ている場で拍手をもらえることは晴れがましいことで、今まで正当に評価してくれなかった自分の言葉が評価されたことで、自己肯定感、希望、皆とやって楽しいという気持ちが湧いてきたんだなと思います。
 DVの家庭では家族がばらばらに住んでいるという感じです。先ほどの少年の家庭では、少年が変わったことで、お母さんも妹も変わりました。少年は大学へ行きたいと言いました。しかし生活保護家庭でした。生活保護の職員が、生活保護だから大学には行くなと言ったことに、私は憤り、教育の権利を誰が侵害する権利があるのかと思い、フォスタープログラムを立ちあげ、今、少年は大学に行っています。お母さんの貧困が子どもに影響しないようにしたい。お母さんと子どもが違うように、子どもの教育権や選ぶ権利を保障できる社会になったらいいなと思います。

<参加者からの感想>
表現それ自体に喜びがあるのはもちろんですが、受け取ってくれる人がいるということが大事だという気がしました。とくにオペレッタがおもしろいと思いました。制作時には自分との対話だし、上映時に受け取る人がいて、拍手をもらえる。一緒に作った仲間から何かをもらえる。

<Q&A>
名執
 今は少年院に入る子どもの数は減っています。本当に問題のある子どもたちは実は深く家の中に入り込んでしまって外に出てこない。そちらのほうが怖いという気がしています。少年院の中にもそういう子どもたちが入ってきますが、人と関われない子が多くなったなという気がしています。

Q 人と関われないタイプの子どもたちにはどういう表現が合うと思いますか?
名執
 少年院では生活の場が一緒なので、みんなで作り上げる活動にしたいのですが、それが難しい子どもには1人でやらせることもあります。ひとりぼっちの子にもそれなりの場を与えてあげる。それを見てもらったことで、初めて人間関係ができていくという様に段階を踏んでいけばいいと感じていました。

Q 傷ついている人たちが協働で何かをやるということはそんなに簡単なことではないと思って、オペレッタが出来上がるまでにいろんなトラブルが当然あったと思うのですが、その時に寄り添う人として、どういうふうに対処しておられたかお聞かせ願えますか?
名執
 おっしゃる通りで、完成に至るまでにはいろんなことがあって、それがまた学びの場でもあります。チームを作って、様々な係にも分けていきます。最初は1人ずつで、例えば1人で詩を書く、1人で作曲する、1人で衣裳のデザインをする。小さなチームでやったものをだんだんと合わせていって最後は上演にもっていきます。先ほど見ていただいたように、シナリオを演じていくチームがうまくできなくて泣いていましたが、その日の終わりに必ずミーティングをして「今日はどうだった?」と聞くと、「うまくいかなかった」と答えたときに、「その気持ちをバネにするんだよ」と言う、あのような方法でサポートをしていました。