メディア・ジャミング10
こころのたねとして 2011
〜誰かの出逢ったヒト・コト・モノで詩をつくる。夏はいつも一度きりだから〜
日 程
形 式
会 場
対 象
参加費
お申込
2011年8月7日(日) 13:00〜16:00
一般公開
カマン!メディアセンター
学生・一般
無料
不要
 
講師プロフィール
上田假奈代(詩人・詩業家・NPO法人ココルーム代表)
1969年生まれ。3歳より詩作、17歳から朗読をはじめる。03年「ココルーム」をたちあげ、表現と自律と仕事と社会をテーマにアートNPOを設立。現在は釜ヶ崎でココルームを運営。大阪市立大学都市研究プラザ研究員。ブログ「日々。生きる現代文学」http://booksarch.exblog.jp

プログラム
13:00〜14:30 詩作
14:30〜15:00 詩作
15:00〜16:00 朗読

手法『こころのたねとして』
他者に聴き取りを行ない、そこから詩をつくる手法。朗読や印刷物などにして発表を行う。 詳しくは『こころのたねとして』(ココルーム文庫 2008)を参照。 今回はツアーに参加した二人一組でペアをつくり、ツアーで出逢ったヒト・コト・モノについて語り、お互いを聴き取りをし、聴き取りから詩をつくり、朗読発表する。 体験を共にした人が、どのように感じたかをとらえることによって、自らの経験を深めていくことを目的とする。そして、ツアーで出会った人たちへのお返しとしてのことばの作品をつくり、メディアのもつ相互関係を深める。
メディア・ジャミングとは
津田塾大学のソーシャル・メディア・センターが、様々な社会的支援を必要とする「ニーズあるコミュニティ(communities in need)や、表現をめぐる団体・個人が一緒に、企画から運営までを行うプロジェクトです。異なるジャンルの表現者やコミュニティが、多様な表現方法を 使ってジャミング(セッション)を行うことで、社会的課題や解決方法を具体的に考え、語りあい、新たな関係性を模索することを目指します。スタイルや方法 は毎回異なりますが、講演者/聴衆という固定された立場ではなく、参加者自らが能動的に参加できるワークショップ形式を取り入れます。基本的に一般公開ですが、テーマによっては特定のコミュニティに限定することもあり、ワークショップの「デリバリー(出前)」を行うこともあります。
お問い合わせ
カマン!メディアセンター
大阪市西成区太子1−16−11
Tel:06−6643−3133
URL http://www.kama-media.org/
共 催
カマン!メディアセンター&津田塾大学ソーシャル・メディア・センター
DATE:2012.03.31
講演概要
  ソーシャル・メディア・センターが提供している科目「メディア・フィールドワーク実習」の授業の一環として訪問した団体の1つ、カマン!メディアセンターで、学生たちは「こころのたね」という手法を使って、各自の作った詩の朗読発表を行いました。「こころのたね」とは、他者に聴き取りを行ない、そこから詩を作る手法で、朗読や印刷物などにして発表を行います。体験を共にした人が、どのように感じたかをとらえることによって、自らの経験を深めていくことを目的とします。ツアーで出会った人たちへのお返しとしての言葉の作品を作り、メディアの持つ相互関係を深めることもねらいの1つでした(詳しくは『こころのたねとして』(ココルーム文庫 2008)を参照)。 2011年夏、関西へのフィールドワークに参加した学生たちは2人1組でペアを作り、ツアーで出会ったヒト・コト・モノについて語り、お互いの聴き取りをしました。その聴き取った内容から詩を作りました。この日は飛び入りで、釜ヶ崎に暮らして40年のNさんが参加され、学生とペアになって詩作を一緒にしました。 最後に、ペアの2人が向かい合って、聴くほうは椅子に座り、朗読するほうは立って、自分の作った詩を相手に向き合って詠みあげました。詠みあげられる作品を聞いていただけなのに、周りも途中感極まって涙があふれてくる。そんな光景が見られた不思議な空間となりました。
詩の作品集
『もやもや』                               Mさん
よくわからん、いつもいつも欠点ばかりが浮かんでくる。なんか悔しさが残る。 よくわからん、考えても考えても言葉がうまく浮かんでこない。なんかもやもやが残る。 よくわからん、聞いても聞いても実感がわいてこない。さてどうしようか。 聞いたところで、見たところで、今の世の中は変わらない。 でも踏み出す勇気がちょっぴり生まれた。

『道しるべ』                               Yさん
 わからない時は私を頼っていいよ。好きな道を、あなたの好きな道を行けば。  あなたはどの道を行くの?もしまたわからなくなったら私を頼ればいいよ。  冷たい雨が降ったって、誰かに蹴っ飛ばされたって、犬にマーキングされたって、 私はいつでもここにいるから。分からなくなったら私を頼ってほしいな。

『気づくということ』                           Aさん
“支援”、その言葉はなんと便利なんだろうか。お金を送る、ものを送る、いろんなものを送ること。深く考えず口に出すと美しい。でも必要なものってなに?1人ひとり違うでしょ。自立を支えるためでしょ。ああ、なんて深くて重い言葉なんだろう。自分の中に社会の中に見えない壁がある。釜ヶ崎、DV、在住外国人、ほかにもどんな壁があるのかな。自分の体で感じること。自分の目で見ること。自分の耳で聞くこと。汗水流し苦労を重ねなければきっと何も見えてこない、きっとなにも気づけない。そのことに気づいた今、喜び、自信、やる気があなたの中に満ち溢れている。

『自分って幸せ?』                            Sさん
 自分って幸せ?うん、幸せ。自分のために今を生きている。自信を持ってそう言う。でも、人のために生きる。これもいいんじゃないかな。こんなことに気づいた自分、今、幸せ。

『Nさんと私』                            Hさん
Nさんが21歳のとき自衛隊をやめてこの釜ヶ崎に来た。お父さんから絶対行くなよと言われていたとこやし5年もしてお金がたまったらさっさと出ようと思うてた。だけどおっちゃんはいい人たちやし、仕事を教えてくれるし、ご飯を食べるお金がなければ一杯飲もうかと誘ってくれる。ほんとはご飯が食べたいんやけど。カマ(釜ヶ崎)が好きになった。でもカマから来たって言えへんかった。どんなに胸を張りたくても世間は分かってくれへんから。電車に乗れば嫌がられた。嫁の父さんにはどつかれた。学歴はないけど一生懸命やってきた。みんなの嫌がる仕事を一生懸命やってきた。なのに、なんでカマを馬鹿にするんだ。なんで車にひかれても見殺しにするんだ。なんで、なんで、なんで…。 私は21歳。テニスサークルのテニスは一生懸命やったし、試合にも出れるようになった。勝ったあとみんなで飲むお酒は何よりも楽しかった。だけど就職活動ではテニスサークルに所属しているって言えなかった。どんなに頑張ったことを伝えても友だちですらわかってくれないから。テニスサークルってちゃらいんでしょ。テニスもせずに飲んでばかりなんでしょ。私は私なりに大学で1番サークル活動頑張ってきたよ。なのに、なんで馬鹿にされるんだろ。お酒は好きだけどそんなに飲めないし、なのに、テニサーっていうと飲み会ではいっぱい飲まされる。そんなお酒は全然おいしくない。だから私は友だちをテニスに誘ってうまく返すとすごくびっくりされる。どう、私はまじめにテニスやっているんだからと、私は相手を見返してやる。私の体験は差別とか偏見という括りに入るようなたいしたことじゃないけれど、みんなの偏見をどう変えられるのかわからないけど、とりあえず私は友だちをたくさん作って1人ずつ私を見てもらおうと思う。Nさんに教えてもらったように。

Nさんの詩
今日はHちゃんと初めて話をしました。釜ヶ崎に何で来たのか知りたくて聞いてみたら、昔の釜ヶ崎の暴動のドキュメントをみて一度はどんな街なのか自分の目で確かめてみたかったという話でした。偏見や差別があるこの街に若い女の子が来てくれ、社会の矛盾を感じとってくれることができたらいいなと思う。俺もカマに40年住んでいますけれども、そういうHちゃんみたいな人がどんどん来てカマの本当の偏見とか、そういうことを分かってくれるようになってくれたらうれしいと思う。Hちゃんにとって長い人生、何も知らなくても生きていくには差し支えないけど、人間として生きていこうとするときあえて避けてはいけないという気持ちに俺は感動した。